「世界ぐるぐる・グル巡り」書き下ろし連載

魂の遊び人☆パンタ笛吹

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Part 23 「パパジ・プンジャジ」
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 ラクナウに着いた翌朝、さっそくプンジャジのサットサン(スピリチュアルな集い)に参加した。弟子たちによって秩序正しく運営されているホールは、200人ばかりの西洋人で満杯に埋まっていた。中には、顔を見知った、和尚ラジネーシの弟子たちも少なからずいた。和尚が数年前に他界したので、彼らは「生きているグル」を求めて、このラクナウまで流れてきたのだろうか。
 
 グループでの瞑想と祈りを積み重ね、ホールの中のエネルギーがハイピッチに高まったところで、数人の女性の弟子に両脇を支えられて、プンジャジがあらわれた。そして、ゆっくり、よろよろと真正面の「グルの椅子」に座った。ぼくは、大悟した聖者と出会う時によく感じる歓喜の大波が、自分に押し寄せてくるのを待った。あのめくるめくような至福の波動に包まれるために、このラクナウまでやってきたのだからだ。

 ところが、ぼくの第一印象はそんな感動の嵐とは無縁のものだった。僕が目の当たりに見たのは、今にも倒れそうなよれよれの年老いた爺さんだった。ムリもない、彼は85才なのだ。どんなに神聖の高みに登ろうが、老いの衰弱と死は誰にでもやってくる、という当たり前すぎる事実に、ぼくは愕然とした。
 
 もし、プンジャジがぼくのグルである運命だったら、ぼくにはこんな外見からくる迷いは浮かんでこなかっただろう。ぼくは、プンジャジの微妙で絶妙なバイブレーションを感じる代わりに、彼の「よたよたさ加減」に目がいっているのだから、自分で自分が情けなくなった。まわりで至福に酔っている200人の西洋人の弟子たちを眺め回すと、自分はなんて場違いなところに来てしまったのだろう、と感じた。
 
 僕は、思わず深いため息をはいてしまった。自分にとっての究極のグルを探す旅は、ここ、ラクナウでも終わらなかった、ということだ。たぶん、自分は完璧なまでの理想のグルを追い求め、無い物ねだりをしているのかもしれない、という恐れが急に僕を襲った。パーフェクトなグルなんて、現実的にはありえないのではないかと自分のビジョンへの信頼が、ぐらぐらと揺れ始めたのだった。

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